スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

独り言 86

「ティファニーで朝食を」というオードリー・ヘップバーンの映画をビデオで観た。
やっぱり いいですねぇ ヘップバーンの映画では一番好きです。劇中で彼女が
ギターを弾いて歌う「ムーン・リバー」の素朴な歌声はホントに歌はハートって感じ
がしていい。オードリーが自分で歌う為に急遽ギターを練習して歌ったシーンは
製作サイドからは不評でプロデューサーはカットするように言ったが彼女が絶対に
譲ることなくカットされずに済んだと言うエピソードが残っているだけあって
作曲者のヘンリー・マンシー二も色んな歌手が歌うよりも劇中の彼女の歌声が一番好き
だったといわしめた。わかるなぁー 歌って不思議ですね。声が良いとか音域が凄く
広いとかリズム感が良い以外に何かわからんけど良いってのがあるよね。
ジャズシンガーのビリーホリデーは音域は1オクターブ足らずだし決して良い声じゃ
ないけど、どれほどのファンがいることやら。カントリーの有名な歌手ロレッタ・リン
は田舎の普通の主婦だったが場末の酒場で歌うことになって歌ったところ彼女に見向きも
せず酔っ払って騒いでいた客が、一声で話を止めて歌に聞き入ったという逸話があって
以来、彼女は伝説の歌手になった。不思議なもんですね。
スポンサーサイト

独り言 85

6月から始めたカナディアンカヌー造りも もう11月になってしまいました。
残念ながらまだ三分の一程の製作過程で進水式はいつになるやら・・・
多くの人の手助けを受けながら今だに進まないことに少々の焦りは感じますが
まぁボチボチでいいんじゃないかという気持ちに勝てず愚図ついています。
私のカヌー造りを聞いて知り合いがカヌー造りに新たに参加することになり
嬉しい限りですが追い抜かれそうで・・頑張らなくてはと自分に気合を入れて
います。 しかし和歌山の自然の美しい所でのカヌー造りはついついボンヤリと
してしまう環境なんだなぁ 

独り言 84

今日は台風前のつかの間の晴れ間という事でハーレーを連れて山散歩に行った。
近頃やっと他のワンちゃんとすれ違っても過剰に反応する事も少なくなりうれしい。
もっとも、相手のワンちゃんが吠え立てると我慢出来ないけれど、徐々に訓練すれば
無視できるようになると思う。ハーレーももうすぐ2歳になるので自我というものが
色こく出てきて子犬の時とは全然違ってきた。いつもフリスビーやボールを追いかけて
元気一杯だけれど、一度どこかの牧場へ連れて行って羊の追い込みをやらせてみたいなあ。
きっと生き生きするんじゃないだろうか。 そんなハーレーを見てみたい。

犬の思い出 23

年が明けて2月に私は10歳になった。クロの小屋はまだそのまま
だったので、生まれてからずっと側にいたクロが今はもういないのが
不思議な感じがした。買い物の時にいつも母のボディーガードを
していたクロがいなくなっても母は放し飼いの犬に出くわすたびに
「クロ」と大きく呼ぶと犬達は慌てて逃げていったという。
死んでもクロは母を守っていた。

クロが死んでまもなくゼロが我が家にやって来た。

犬の思い出 22

父はもう着替えて布団に入ってクロのことは無かったようにテレビを観ていた。
肩肘をついてテレビを観る父の背中は誰も自分に話しかけるなと言っていた。
高校生の伯父はすばやく着替えるとシャベルを傍らの私に渡すとクロを抱えて外へ出た。
シャベルを持ったままついていくと、すぐ側の使われていないままのブドウ畑に入って
クロを降ろすと私からシャベルを取り上げて穴を掘った。ボンヤリ見ていると穴は
50センチほどの深さになっていた。伯父はシャベルを横に置いてクロを抱えて
その穴に入れる土を少しずつクロにかけて埋めた。ちょっと盛り上がったように穴は塞がれ、
そこにクロが眠っているように見えなかった。私が盛り上がった土をじっと見ている間に
伯父はさっさと歩いて行ってしまった。

独り言 83

木枯らし1号が平年より早く吹いて暖かさに慣れていた体には
堪える寒さになった。おまけに季節はずれの台風までやって来て
ホントに異常気象なんだな。このまま寒くなるのかと思えば
予報では11月は暖かめで12月は冬並みの寒さ?冬並って
どんな寒さ・・1月は平年並みだそうで、冬並みと平年並みの
違いはなんなんだ?? 急激な冷え込みは紅葉にはいいらしい
けど・・寒いのに弱いんだなぁ

犬の思い出 21

いつものように夜遅く父が帰宅した。
「おい、クロが出て来んぞ」いつもなら父が帰ると喜んで出迎えるのに
今日は出てこなかったという。「遅いから寝てんねやろ」いつも遅い父に
母はちょっとイヤミを言った。
「アホ、ちょっと見て来いや」都合の悪いことを言われた父はちょっと
怒ったように言った。母も気になったのか寝巻きのまま玄関を開けると
クロの側へ行った。
「あっ、あんたクロ、死んでるのとちゃうか」慌てたような声で父を呼んだ。
父は駆け寄るとクロを抱きかかえた。
「死んでるな」静かな声が私にも聞こえた。
別の部屋にいた伯父にも聞こえたのか飛び出してきた。しばらく黙って
クロを見ているうちに伯父の頬に涙が光った。
日頃から無口な伯父は何も言わず、ただクロを眺めて涙を流していた。

独り言 82

毎年恒例の少林寺拳法の大会が行われて審査員として参加させてもらった。
昨今、子供の数は減少するばかりで昔を知るものとしては寂しい気持ちになる。
一般の数も子供同様少なくなったのでモチベーションは下がるばかりで困ったもんだ。
しかし、なんなんでしょうかね。子供も忙しい、大人も忙しい。無駄と思えることを
極力避けるようで「そんなことして なんになるの?」子供が言う。自分がやることに
対して見返りを期待する。対価主義というのだろうか?お手伝いをしたらお小遣いが
貰えるみたいな感覚が何についてもあるのかなぁ。何かの為になるとか何か得になる
とかじゃなくて、ただ目の前にある事に全力を尽くすというシンプルなことが
難しいんだなぁ

犬の思い出 20

冬休みも近い12月のある日、学校から帰ると玄関先のクロが珍しくじゃれついてきた。
大抵は小屋の中から無感動に「帰ったん」みたいな顔なのに小屋から出てきてじゃれついた。
「なんやクロ、給食の残り今日はないで」頭を二三度撫ぜると玄関の引き戸を開けてそのまま
家に入った。夕食の後、クロが呼ぶように吼え続けた。
「うるさいなぁ」母が夕食の後始末を止めて様子を見に行った。扉を開けるとクロは母に吼えた。
母は頭を叩くそぶりを見せ「うるさいクロ」と強く言ったがクロは鳴き続けた。
ふと餌の器を見ると食べ残していた。
「クロどないしたん。調子悪いのか」いつも餌を入れると直ぐに食べきってしまうのに
半分以上も残っていた。急に心配になり、しゃがんでクロの頭を撫ぜるとクロは母に甘える
ようにもたれかかった。
「どうしたん」もう一度餌の器を見ると隣の水入れが空っぽになっていた。
「あっ ごめんごめん、水無かったんか」やっと察したように水入れに水を一杯に入れてやり
「さぁ飲み」クロの前に置いてやるとクロはゆっくりと飲み始めた。それを見届けて母が立ち
去ろうとするとワンと大きく吼えた。「なんやねんな」振り返ってクロに近づくとまた水を飲む。
しかし立ち去ろうとするとワンと吼えた。「なんや、見ててほしいんか」母は呆れたようにクロの
前にしゃがんで水を飲むクロをじっと眺めた。クロはゆっくりゆっくり器の水を飲み干した。
「そんなにノドが乾いていたんか」クロはもう小屋に入って母を見ている。
「もう行くで、ええな」立ち上がると引き戸を開けながら「おかしな奴やな」小声で言いながら
家に入った。

犬の思い出 19

今では考えられないぐらい酷かった小学校の最低最悪の給食には毎日悩まされた。
ミルクといっても養豚の為に使われていた脱脂粉乳を栄養状態の悪い子供のためにと
始まった給食制度に使われたので味は二の次だった。アルミの丸いワンコの水入れ
みたいな容器に入れられ暖められた脱脂粉乳は1ミリぐらいの分厚い膜を作り、
耐え難い臭いを放った。鼻は呼吸することを拒むので息を止めて一気に飲み干さねば
ならない。万一途中で止まれば二度と飲むことは出来ないので口の中の解けていない
脱脂粉乳がざらざらと砂のように舌からノドに流れ込むのを必死で堪えて飲み干す。
コッペパンの表面は石より硬く、もし喧嘩でもしてこのパンで殴れば致命傷間違いなし
だろう。何が何でも食べ終わるまでは昼食を終わらせてもらえず昼の休み時間は無情に
過ぎた。そこでコッペパンの中をくりぬき、おかずを詰め込んで持って帰るという荒業
に連日頼った。もって帰った残飯入りの石のようなコッペパンをクロにやると仕方ない
なぁという顔をしながら食べていた。

犬の思い出 18

ドックフードなどなかった時代だからクロは母の作る犬食を朝、夕に食べていた。
犬食といっても残り物を適当に器に盛ったもので味も付いていればネギなどの食べさせては
いけないものなども当然入っていた。各家のゴミ箱も今のように回収日だけ出すのではなく
ずっと家の横においてあったので野良猫や野良犬の格好の餌場になっていた。当時の犬の寿命は
7~8年ぐらいで10歳までいきるのは珍しかったので食べ物の影響もあったのかもしれない。

犬の思い出 17

あの日以来、クロは父の見送りに付いていくことを禁止された。母の買い物へは今まで通り
ノーリードで付いていき、夕方の散歩には一番下の伯父がリードを付けて散歩に連れて行く
のが日課になった。しかし伯父も遊び盛りのためクロを何処かへ繋いだまま遊んで帰って
から母と一緒に探しに行くこともよくあった。

独り言 81

市民文化フェスタの一環として駅前広場にてジャズの野外コンサートが
行われるというので妻と二人で出かけた。広場の周りには飲み物と
おでんや焼きソバなどの屋台が出て人だかりでにぎわっていた。
中央に設えたステージの前にはテーブルと椅子も置かれているので野外の
ライブハウスっぽい造りになっている。
出演は”若手芸術家集団 イーゼル芸術工房”という音楽家の卵達?の
集まりで時折、観客のリクエストに器用に(適当に)応じながらの
ステージは無料ながら楽しませてくれた。季節にしてはそれほど寒くも
なく月を眺めながら過ごす、のんびりとした時間に感謝!!

犬の思い出 16

近所でも運悪く犬捕りに捕まってしまったという話はよくあったが、そのまま諦めてしまう人も
多いので一週間の保護期間が過ぎると殺処分されてしまった。また保健所に引き取りに
行った人の多くが自分の犬の変貌に驚かされたという。捕獲された時の凄惨なショックから
立ち直ることが出来ず犬はすっかり怯えてしまい、目は宙を舞い落ち着きがなく人間不信に
陥った。だから引取に来た飼主に対しても攻撃的な態度しか取れなくなっていることが多かった。
何とか連れ帰っても以前のように戻ることは無かった。

独り言 80

久しぶりに小雨の降る朝になったのでハーレーの散歩も少しで済ませて
帰ることにした。ハーレーを部屋のゲージに入れて風呂に入り、出てくると
ハーレーの部屋から何か物音がする。
「ゲージの扉はしめたはずなんだけど」
そんなことを考えながらドアを開けるとドアのすぐ側にハーレーがいて私を見た。 
「遅かったやん、ゆっくり入ってたね」ハーレーがしゃべった。
ポカンとする私に「餌忘れてるで」と続けた。
あせりながらも、ひょっとしたらこんなこともあるかもと、どこかで私は思っていた。
しかし、実際に目の当たりにして眩暈がし、そのまま倒れた。
ゲホッ・・ゲボッ、ウワー 風呂でおぼれかけていた。咳き込みながら思い出した。
どうやらゲージに入れて風呂に入って眠っていたらしい。
ホントに情けない。
マトリックスじゃないけど現実と夢との境界が曖昧になる・・これも歳か!

犬の思い出 15

「A子ちゃんどないしたん」
母の声に我に返ったのか振り向いたA子は目を腫らして顔をくちゃくちゃにしていた。
「ねえちゃん」緊張が解けたのか震えたような泣き声だった。
クロは母を見つけるとA子を振りきって駆け寄り尻尾を振って甘えた。
「クロだいじょうぶやったんか」母が安心したように話しかけると
さっきあったことが嘘のように元気よくワンと吼えた。
「ほんまに お前のせいでえらい目にあったのに この薄情者め」
母に甘えるクロに呆れたようにA子は笑い、落ち着きを取り戻した。
帰り道A子の武勇伝を聞きながら母とクロは家路に着いた。

犬の思い出 14

「ええ加減にせいや」周りにいた人だかりから声が掛かった。
「うるさいわい。俺らの仕事に口出すな」
悪びれることも無く周りを睨むように男は吼えた。
「どうしても連れて行くなら うちごと連れて行って」
再び男がA子に近づいたときA子は悲痛な声で叫ぶとクロを抱きかかえ道に伏せた。
そして一歩も引く気の無い気迫で男を睨みつけた。息が詰まるような緊迫の後
A子の気迫に押されるように「○やん。もぅやめとこや」と男達の一人が声を掛けた。
○やんと呼ばれた男もこれ以上の揉め事はやっかいと感じたのかゆっくりとA子に
顔を近づけ「ねえちゃん、今日は行くけど今度はアカンで」と小声で言い残し
立ち去っていった。母が息を切らせて着いたときA子とクロだけが道に取り残され、
人だかりはすでになかった。

犬の思い出 13

「うちの犬や、連れていかんといて」
犬捕りの男達の輪の中に一人の若い女性がクロを抱えて座り込んでいた。
父の妹のA子だった。ちょうど仕事帰りのA子が通りかかった時に犬捕り達が
クロを捕まえようとしているところへ出くわしたのだった。
「何すんねん、早よどかんか」ワッパをもった男の怒鳴り声が響く。
「いやや、この犬はちゃんと届けてんねんから」A子も負けていない。
「届けててもウロついとったら捕まえるのが俺らのしごとや。返してほしかったら
 保険所へ取りにこい」男はワッパを掛けようとA子に近づいてきた。

独り言 79

久しぶりに河原で先輩ボーダーに会った。いつも御家族の誰かが散歩をしておられ
今日は息子さんだった。リュー君という名のそのボーダーもハーレーと同じように
どうも他の犬とのコミュニケーションは苦手らしい。「人間には友好的なんですけど」
と何やら私と同じようなセリフを聞いた。話をしているといっても互いに10メートル
ほどの距離をとり互いの犬達は静かに睨み合い攻撃の機を伺う緊張感のある会話だから
他人から見たらちょっと不思議な感じかもしれない。非常に頭がよく運動能力にも秀でた
ボーダーは野生的な一面も色こい。頭がいいから飼いやすいというような誤解があるが
頭がいいといっても野生のオオカミ的な賢さである。動くものに瞬時に反応し、どう動け
ば思うところへ追い込めるかの判断力、どんな物音にも動じることなく獲物を追いかける
集中力と執着心はフリスビーやボールを追いかけるということにおいてうってつけである。
反面、神経質で警戒心の強さは無駄吠えも多く、家の中にいても過敏に反応する。働き過ぎ
のセコムみたいなもんで絶えず神経を尖らせているので「警戒、警戒、表に何か通ってます」
と言いたいように吠える。「いいから、落ち着いて」って言ってものんびりするということが
なかなか出来ない。特にその傾向はオスに強くあるので犬をよく知る訓練士さんからもオスの
ボーダーは難しいと言わしめるのも頷ける。何匹か犬を飼ってきた私もどうやら最後に難しい
宿題をすることになった。

犬の思い出 12

ある日の夕方、少し離れたところのKさんの奥さんが慌しく駆け込んできた。
「ねえちゃん、大変やクロが犬捕りに捕まった」
「えーっ どこ」炊事場で夕食の支度中だった母の顔色が変わった。
「うちの家の前や、早よせんと連れて行かれるで」駆け込んできたKさんは
もう走り出している。母も仕掛かりの料理をそのままにツッカケ(草履)を履くと
Kさんの後を追いかけた。その時Kさんの家の前では大声で怒鳴りあう声が響き
人だかりが出来ていた。

犬の思い出 11

この辺りでは近所の奥さん達は、何らかの(子供には理解できない)格付けによって相手の
年齢の上下に関わらず「ねえちゃん」と呼ぶ。子供の私は最初、向かいのオバちゃんが年下の
母を「ねえちゃん」と呼ぶことにひどく違和感を感じた。また向かいのオバちゃんも他の奥さん
から「ねえちゃん」と呼ばれていたので、母と向かいのオバちゃんの二人の会話では互いが
「ねえちゃん」と呼び合うのでますます不思議な感じがした。

独り言 78

たまに近くのスーパー銭湯へ行くのだけれど、回数券があればいつでも500円で
利用できる。街の銭湯と大して変わらない値段で天然温泉に入れるからありがたい。
一昔前は温泉を掘るなんてのは博打みたいなものだったが、今はほとんどの場所で
温泉がでるらしい。考えれば我が国は火山の上に住んでいるような火山大国だから
どこから温泉が出ても不思議はないのだろう。そこへ掘削技術や地殻調査の方法も
進んだから資本があればかなりの確率で出るらしい。私のよく行くところは小さな
町にある何の地場産業もないところに温泉が出た。それで大変な賑わいになった。
おかげで町は温泉施設の収める税金で立派な図書館やスポーツ施設を建てたりと
住民サービスが向上したらしい。「たかが温泉 されど温泉」だね。

犬の思い出 10

一度、学校の帰り道に小さな犬が犬捕り達に囲まれているところへ出くわした。男達は
ワァーワァーと大声を上げて犬を威嚇しながら恐怖で犬を動けなくしておいて徐々に囲んで
いる囲みを縮めた。そこへワッパを持った一人がタイミングよく犬の首にワッパを掛けて締めた。
「キャーイーン」断末魔の叫び声を上げると犬は力なくダラリとしてしまった。すぐさま別の
者がトラックの荷台の扉を開けるとワッパを持った男は荷台に犬を勢いよく放り込んだ。
扉を閉めた後のニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて笑う男達を子供の私はまるで本物の鬼に
出会ったような恐怖で動けなかった。

犬の思い出 9

小学生の頃、荷台が鉄の檻になったトラックに悲しげな声を上げた犬達がぎゅうぎゅう詰めに
乗せられているのを時折目撃した。犬の中にはまだ強気で吠え立てているのもいたが大抵は自分の
置かれた状態に絶望的な声を上げていた。私は犬が泣くというのをその時、始めて目にし、泣き声が
いつまでも耳から離れなかった。犬捕り達はチームで動き、何人かの男達が手に手に棒や棒の先に
針金の輪の付いた通称「ワッパ」というものを持ってキョロキョロと辺りを見渡しながら、うろついている
犬を物色していた。

独り言 77

先日京都からの帰り、いつも行列のできている人気のラーメン店の前を通ると
中途半端な時間だったのか空いていた。それほどラーメン通ということもない
が興味はあった。ラーメンに限らず何においても並んでまで食べたいなんて思わ
ない方だからラッキーと思い入った。私がオーソドックスな醤油ラーメン妻が
味噌ラーメンを注文した。果たして期待のラーメンの味は・・私にはごく普通に
感じたけどなぁ。行列があるイコール旨いという図はどうも眉唾もんだな。
まぁ 過度の期待がハードルを上げすぎてしまったとも言えるかも。

犬の思い出 8

当時、一般世帯の大半が生活をすることに精一杯だった。役所に届けて狂犬病の予防注射を行なえば
それなりにお金が掛かったので無届のまま飼っている家も多数あった。そんな中でクロはきちっと
届けを出して首輪に監察をつけていたのだけれど自由に町中をうろついていたことに違いはなかった。
それで度々捕獲されそうになったが、いつも寸前のところで逃げていた。時にはクロを知る人がいち
早く自分の家に引き入れてくれたりして難を逃れていた。そんなクロを快く思ってない犬捕り達は半ば
意地になってクロを目の敵にして捕獲しようとチャンスを待っていた。

犬の思い出 7

昭和30年代から社会的にも野犬の問題が大きくなり本格的な野犬駆除が取りざたされる気運に
保険所も動き出し、人員不足から下請け業者(犬殺しと呼ばれた)を動員して取り組むことになった。
そこには、たとえ家で飼われていても無届であれば(首輪をしていても観察が無い犬)野犬扱いされ、
ときには玄関先の犬まで保険所の下請け業者によって連れて行かれるようなこともあった。

{犬殺し(いぬごろし)とは、警察署の指揮の下に、狂犬病予防のために、野犬を捕獲し屠殺処分した
業者のこと。撲殺されたイヌの皮は製皮所に送られ、肉は動物の餌等にされたという。狂犬病の予防
注射をして鑑札を着けた犬以外、首輪に許可番号のない飼い犬を含め全て野犬狩りの対象となった。
丸いワイヤー(ワッパ)を持った保健所の委託業者が野犬狩り(犬殺し)をする}

独り言 76

京都駅ビルのISETAN7階にある「美術館 駅」で開催中のモーリス・ユトリロ展を
観てきた。ユトリロは大変人気のある画家で、これまでも同時代の作家の作品展
などには必ず何点かが出展されていたので観る機会は割りとあった。しかし今回
はユトリロだけで90点余りもの作品が一挙に公開されるとあって期待して出かけ
た。会場の「美術館 駅」は小さなスペースなので作品と作品の距離も作品と人と
の距離も大変近い。ちょっと大丈夫っていうぐらい間近で見られるのが特徴なん
だが、持ち主が見たら心臓に悪い事うけあいである。作品は年代順に展示されて
いるので作者の誕生から最晩年の作品まで通して観ながら作者の環境や境遇、
人間関係などによる精神状態がいかに作品に影響するかを作風の変化とともに
感じる事が出来て良かった。美術館を出ると京都駅の特徴でもある吹き抜けの
大広場で京都中学生吹奏楽連盟のコンサートが行われていて観客が7階まで続く
大階段を埋め尽くしていた。ほとんどは子供達の父兄なんだろうけど、中には
(私達のような)通りすがりの人も立ち止まってしばらく演奏に聴き入ると立ち
去った。演奏は拙いけれど一生懸命で可愛いから・・・いいんじゃないですか!!

独り言 75

今朝のニュースで大学の射撃部の学生が電車に実弾200発あまりの入ったスポーツバックを
忘れて紛失したと届けを出した。傘や携帯を忘れたようなお気楽なものではない、紛れも無く
実弾である。使用の仕方によっては重大な事件へと発展しかねないものなのに何という無責任な
管理体制なんだと呆れる。射撃部の監督は日頃から学生に実弾の管理を丸投げしていたのだろか? 
オモチャの延長のような感覚の人間が凶器を扱う資格はない。それにしても電車の網棚にはそんな
物騒なものまで入った荷物が平然と置かれていると思うと怖いなぁ。

独り言 74

昨日、所要で出かけた帰りに映画を観た。酒井真紀主演の「スープ・オペラ」というホームドラマと
いうべきジャンルのもので、劇中に激しいアクションも無ければサスペンスもない。殺人や身を焼き
尽くすような恋愛も無い。そこかしこにあるかもしれない日常が舞台のドラマなんだけど何故かホッ
とするんだなぁー。このあいだ観たのも「トイレット」というちょっと変則的ではあったが、やっぱり
日常を通して感じる家族の絆だったり生きがいだったりという普遍的なテーマのものだった。
人は(私は)歳を重ねて、ますますそんな普遍的なテーマに魅力を感じている。
プロフィール

Author:ハーレー君
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。